校長先生からのメッセージ(11月)

2022/11/28

学校生活

『イエス様の誕生と自分の誕生を喜ぶクリスマス』

小学校のクリスマス会まであと一週間に迫りました。三育の児童はクリスマスの本当の起源や、イエスキリストの誕生の意味、クリスマスの喜びを知りながらこの時期を過ごします。そして、讃美や演技を通して、それを伝えようとします。今、本番に向けて一生懸命練習に励んでいます。(今回は感染症予防のために、小学校の児童、保護者、教職員のみの参加となります。)

クリスマスの意味と喜びを思うとき、同時に自分自身の誕生も喜ぶ時であっていいのではないかと思うのです。(誕生日とは別に)

人間はこの世に生まれ出るために、自分自身では何もできません。健康な体で生まれるかそうでないか、どの親の下に生まれるか、どんな社会状況の中に生まれるか、どんな時代なのかも分からずにこの世に生まれ出てきました。そして、生まれてからは親をはじめ、それぞれの環境で育ち、自ら置かれている環境や将来を生きぬくために学習し勤労していきます。成長や成果を喜んだり、時には思いもよらない出来事に遭遇したり、挫折することもあるかもしれません。ある程度自分自身も、身の回りも落ち着き、やっと余生を楽しもうと思ったときには、体が衰えてきているのを意識しなければならないのも人生です。

それでもなお、一人ひとりが存在する意味があるのは、人間は愛し愛されるために創られ、この世に置かれているからです。どんな状況どんな年代に置かれても貴い価値のある存在です。たとえ人がどう言おうと「私の目には、あなたは高価でとうとい。私はあなたを愛している。」と聖書の神様は言われます。その神様は、人間を救い、人間と共に居たいがために御子イエスキリストを地上に贈られました。イエスキリストの名はインマヌエル「共にいます」という意味です。

だれか大切な人が共にいてくれる。誰か大切な人を思うことができる。そして、いつもイエスキリストが共にいてくださることを確認し信じることができる。それがクリスマスの喜びです。

クリスマスを喜び楽しむ経験ができるのは、私たちに命が与えられ生かされているからです。どうかクリスマスには、イエス様の誕生を喜ぶと共に、自分の誕生と存在を喜び感謝しましょう。

ルカによる福音書2章10~12節 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシア(キリスト)である。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」

ご家庭の上に神様からの祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。

校長 小原義信

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